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産官学連携・地域連携

「第2回 こころからの手紙コンテスト」受賞作品公開中!!

2014年7月1日~9月10日の期間で、全国の高校生を対象に募集いたしました当コンテストは、おかげさまで4,516点の応募がありました。ご応募くださった皆様には、心より感謝いたします。

 

テーマは“家族”に宛てたこころからの手紙。日々の暮らしの中で、抱いていながら、これまで口に表すことのできなかった「思い」や「気持ち」を、思いのままに綴っていただきました。

 

ご応募いただいた作品は、主催の本学および毎日新聞社にて厳正に審査を行い、最優秀賞1点、優秀賞2点、奨励賞3点、佳作14点の計20点を選出いたしました。最優秀賞・優秀賞・奨励賞の計6点を紹介いたしますので、ぜひご覧下さい。

 

当コンテストは、来年度以降も開催を予定しておりますので、皆様のご応募を心よりお待ちしております。

 

最優秀賞

「お母さん大嫌い!!」
広島県 盈進高等学校1年
橋本 瀬奈さん

お母さん大嫌い!!

 

お母さん大嫌い。わかってることまでいちいち言うし、細かいことまでうるさいし、ぶつぶつ言い出したら止まらないし、ケンカの内容を大げさにお父さんに言うし、ノリが悪いし、黙って勝手に怒ってるし、わざと弱みを突いてくるし、買い物の趣味は合わないし……。数えればきりないじゃん!!

 

2人でいたら最後はいつもケンカ。今も残っているベランダのドアのヒビは、私がつけたんじゃなくて、お母さんがつけたんだからね! いすを倒してヒビを入れたのはお母さんだよ!

 

毎日毎日、靴並べなさいとか、弁当箱洗いなさいとか、洗濯物をネットに入れなさいとか、やろうと思っているのに、言われるからやりたくなくなるんだってば。

 

私が休日に早く出る朝は、寝てるから朝ごはん作ってくれない時あるし、帰ったら寝てる時あるし、もう、寝過ぎ!

 

買い物行っても、これがいい!って言ったら、「えーこれ?」って反対してくるし。お母さんが選んだ服は全然好みじゃないし、結局、「お金がない」とか言って買ってくれずに、私が機嫌悪くなったら、「もう帰る」とか言うし……欲しい物が買えなかったら誰でも機嫌悪くなるじゃん。

 

いっしょにカープを観てる時には、ぎゃー! とか あー! とかうるさいし、「今のどうなった? どうなった?」ってめっちゃ聞いてくるし、選手のことを、「エルちゃ~ん」とか「丸ちゃ~ん」とか「菊ちゃ~ん」って、毎回語尾にハートがつきそうな呼び方するし!

 

EXILEのDVDみて、MAKIDAIがアップで映っているとこを一時停止して写メって保存してるし、私の悲惨な寝顔撮っておもしろがるし!

 

福岡出身だからって、福岡がテレビに出たら、福岡の思い出話や自慢話が長いし!

 

それと!!! 1番めんどくさいのが極度の心配性。帰るのが少し遅くなっただけで着信履歴が大変なことになってるし、一回学校から帰るのが少し遅くなっただけで、学校にまで電話して、担任とか顧問の先生とか友達まで巻き込んだこともあったね。そこまで心配しなくても大丈夫だから! 次の日、色んな人に事情話すの大変だったんだからね!

 

私が友達と遠くに出掛けたり、泊まりに行ったりしたら必ず「なにしてる? 大丈夫? 雨は?」とか連絡してくる。もう高校生なんだから少しは自由にさせてってばー。

 

不満がありすぎて、まだまだ言い足りないぐらい、お母さん大大大っ嫌い!!!

 

だけど、お母さんと私は〝絶対〟って言っていいほどの確率で「似てる」って言われるね。これじゃ、親子の縁切ってもばれちゃうじゃん。あきらめるしかないな。

 

散々なこと言われるし、言ってるけど、やっぱりお母さんだからありのままの自分が出せるのかもしれないな~ってここまで書いて思う。

 

書いてごめんなさい。許してください。

 

でも今日、ここに書いた悪口は、実は、素直に言えない私のお母さんに対する甘えです。これは全部、「大好き!」の裏返し。

 

3月、入学が決まっている高校のあるクラブ活動を、お母さんは強引に私を連れて行って見せたよね。あんまり見たくなかったけど、クラブの人たちや、沖縄の高校生たちが、めちゃめちゃ真剣に、そして、爆発的に楽しんでいる姿があったね。その場じゃ言えなかったけど、私も少し感動していた。福島の放射線被害に関する創作劇や、沖縄の伝統芸能、コミカルダンスや手話を使って楽しそうに歌うステージだった。

 

高校生になってそのクラブに入った。お母さんのレールに乗るのが嫌で、少し勇気が必要でした。

 

ハンセン病療養所の学習交流会にはもう3回も参加したよ。古里や家族を奪われた入所者の過酷な人生を何度もうかがったよ。でも、彼らは生き抜いて、人にやさしかった。後遺症の手には指がなく、極度に変形していた。その手をずっと握らせてもらった時、とてもあたたかかった。

 

この夏は、全身に汗をかいて核廃絶の署名活動の全日程に参加して、被爆者の方々の悲しい過去を聞かせていただいた。「もう誰にも自分と同じ思いをさせてはならない」という平和への願い。それは、私たちに託されているんだと胸に刻みました。会ったことはないけど、おじいちゃんもヒロシマの「あの日」を知ってるんだよね。被爆者の方々は、福島の放射線被害を悲しんでいる。私も勉強しなきゃ! と思っています。広島市の土砂災害の被災者支援もさせてもらってるよ。

 

命の大切さ、人と人とのつながり、生きる意味。人間の醜さ、弱さ、やさしさ、強さを私なりに少しずつ吸収しているつもりだよ。

 

大好きな仲間、尊敬する先輩、かわいい後輩たちに囲まれて、高校生活が楽しくなってきました。

 

人は必ず、誰かの支えがあって生きられるっていうこと。お母さんがクラブに入るきっかけを作ってくれたんだなって思っています。

 

お母さん、ホントはたくさん、そんな話がしたいな。お母さんもきっと、そうだよね。

 

もうすぐお母さんの誕生日。おめでとう!!!! いつもいつもありがとう。今度、福岡連れて行ってね。

 

 

 

優秀賞

「大好きなじいちゃんとばあちゃんへ」
宮城県 聖ウルスラ学院英智高等学校3年
稲葉 華恋さん

母さんへ。

 

いきなりだけど、華恋はじいちゃんとばあちゃんが本当に大好き。照れ臭くて言葉にできないから手紙を書くね。

 

ばあちゃんは、車の運転がすごく危なくて、漬け物と入れ歯のハーモニーはだれにも負けないくらい素晴らしいよね。毎日電話くれて、いつも気にかけてくれて本当に嬉しいよ。ありがとう。そして働き者だね。ばあちゃんが働いている姿を見るたびに、ばあちゃんみたいにならないとな!!と思うよ。最近ばあちゃん痩せてきてなんだか心配だよ。なにかあったら些細な事でも何でも言ってね。

 

じいちゃんは、イケメンで優しくて帽子が誰よりも似合ってるね。華恋は絶対にじいちゃんみたいな人と結婚したいなと思うよ!!じいちゃんは、ばあちゃんみたいに毎日電話かけてくれたりしないけど、華恋が風邪になるとすごく心配してくれるよね。ありがとう。そして、休みに行くたびたくさんお小遣いくれるね。じいちゃん前に「華恋はお小遣いもらいに来てるんだから!」って言ってたことがあったの覚えてる?あの時、声も出ないくらいショックだったんだからね!!華恋はお小遣いをもらいに行ってるんじゃないよ。じいちゃんとばあちゃんが大好きで、会いに行きたくて会いに行ってるの。

 

韮の浜が大好きだし、家よりも落ちつくから行きたくて行ってるの分かってよ!!

 

話は変わるけど、今まで言えなかった震災のことを話すね。あの日の三月十一日の大きな地震の時は、一番にじいちゃんとばあちゃんのことが頭に浮かんだよ。携帯もつながらなくて、充電もなくなって、もう連絡の手段がなくなった時は、すごく頭が真っ白になったんだ。

 

ラジオからは「南三陸町は壊滅状態です。」って流れてきたんだ。すごくすごくたくさん泣いたのを覚えてる。絶対生きてると思う反面、もうだめだったのかもって思ってしまったんだ。でもね、毎日のように手を合わせて「助かってますように、生きてますように。」って祈ったんだ。みんなが寝静まった頃に声を出さないように泣きながら。きっと華恋があの日ずっと祈ってたから助かったんだ!! ^-^ じいちゃんから電話来たときは本当に本当に嬉しかった。生きててくれて本当にありがとう。

 

華恋は、友達にもよくじいちゃんとばあちゃんのことを話すんだ。「本当にじいちゃんとばあちゃんが好きなんだね!」って言われるくらいたくさん!!じいちゃんとばあちゃんは好きなところしかないからね。自慢のじいちゃんとばあちゃんだから。

 

あと、約束してほしいことがあります。一つ目は、「死ぬ」って言葉を絶対に使わないこと。もうすぐ死ぬとかさりげなく言うの本当に嫌です。わかった?じいちゃんとばあちゃんが長生きしてくれることしか、いや、長生きしてくれるほど嬉しいことはないもん!!そして二つ目は、ムリをしすぎないこと。じいちゃんもばあちゃんも働き者だから特に熱中症とか心配だよ。三つ目は隠し事をしないこと。病気とかになったらしっかり伝えてね。じいちゃんもばあちゃんも隠しそうだからね。四つ目は華恋とたくさん旅行に行くこと。来年から一年に一回は絶対温泉旅行連れていくね。五つ目は、華恋をずーっと好きでいてくれること。華恋もじいちゃんとばあちゃんの自慢の孫でいられるように努力します。少しずつだけど倍になるくらいまで恩返ししていきたいな。

 

華恋は、じいちゃんとばあちゃんの孫に生まれてこれて本当によかった。じいちゃんとばあちゃんの孫に生まれてくることができたからこそ、幸せなんだと思うことができるよ。一番辛いとき、支えてくれて、そして一緒に乗り越えてくれてありがとう。どんな事があっても、じいちゃんとばあちゃんがいてくれたらがんばれると思う。大すきなじいちゃんばあちゃん、どんな形であってもどんな生き方であっても支えるから、すごーく長生きして下さい。「長生きすること」これが一番大切な約束です。

 

 

 

優秀賞

「それが一番大事」
福岡県 九州産業大学付属九州産業高等学校2年
竹内 芽衣さん

ママ。ありがとうって言うだけじゃ足りないくらいだけど毎日毎日ありがとう。当たり前のようにごはんを食べたり、お風呂に入ったり当たり前じゃないことが当たり前になっていました。毎朝早起きしてお弁当を作ってくれることも、洗濯をしてくれることも。ごめんなさい。

 

ママが昔の仕事から今の仕事に変わったとき、本当に忙しくなったよね。本当はね、その仕事はやめていたほうがよかったのになと思った。こんなことになるならやめといてって言っとくべきだったと思った。仕事から帰ってきても仕事が終わらないからって言って家でも仕事をしたり、家の仕事も一杯一杯やったり本当に大変そうだった。初めての仕事で分からないことだらけなのにそこの仕事の方は詳しく教えてくれない。だからママは一生懸命色々なことを覚えたよね。そんな姿を見ると、この仕事を続けているとママがもっともっと大変になるんじゃないかなと思った。

 

でも、二人でカラオケに行ったよね。そのときママが「それが一番大事」を歌ったね。そのときママが泣いてしまった。びっくりしたけど私ももらい泣きした。私はママの泣いている姿を見て思ったよ。ママならできる!こんなことで逃げない!負けずに頑張れる!ってそこで確信したよ。私はそんなママを尊敬します。私もそんな大人になりたいです。

 

もし何か嫌なことがあったり、辛いことがあったら私の顔を思い出して。私はママの味方だよ。いつもママは「めいの味方よ。」って言ってくれてるから。そして私にできることは頼っていいよ。私も手伝いをしてママをサポートする。こんな何もできない私だけどこれからももっと頑張るからよろしくね。

 

泣きたいときは泣いていいよ。私が守るから。「涙見せてもいいよ、それが一番大事」

 

 

 

奨励賞

「伝えたいこと」
広島県 武田高等学校1年
新原 花さん

本当は怒ってた。まだ小さい私と妹を放って自分だけ遠くに行ってしまうなんてって思ってた。

 

でも今は分かるよ。あの時貴方は「ごめんね」って繰り返し言ってくれてたよね。泣きながら抱きしめてくれてたの、覚えているよ。怒っちゃったりしてごめん。

 

本当は心細かった。なんでいつもそばにいてくれないんだろうって、いつも寂しかった。

 

でも、本当は貴方の方が何倍も心細くて寂しかったんだね。貴方から届く手紙には、いつもどこかに書いてあるのに気づいたのは、ごく最近です。「いつも想っているよ」になかなか気づけなくて、ごめん。

 

本当は悔しかった。運動会とか、学習発表会とか、行事がある度に、来てくれたらなって毎回悔しがってた。

 

でも、そんなの貴方の思いに比べたらちっぽけなものでした。だって貴方は行事の時だけに限らず、いつもいつも会いたいって思ってくれてたんだもんね。鈍くてごめん。

 

本当は強がってた。いつも泣きたくなった時、貴方の「さすがお姉ちゃん」がこころ涼めて、お姉ちゃんだからって我慢して堪えてた。

 

でも、貴方は見抜いていたんだね。中にだったかな、「寂しいのは皆一緒よ。だから我慢しなくていいの」って、優しく言ってくれたとき、あっ強がらなくていいんだって思って泣いた。少し恥ずかしかったけど、泣いたらスッキリできました。強がってて、素直じゃなかったね、ごめん。

 

でもね、逆に良かったなって思うこともあるんだ。そりゃズルズル悲しいことばっか引きずってられないし、なんてったって前向きでいたいしね。

 

まず、ちゃんと会うことができて良かった。年に何回かしか会えないけど、全く会いないよりずっといいもんね。それで、会った時には貴方の声が聞けて、貴方の話で笑うことができて、とても楽しい時間が過ごせるんだ。毎回、楽しい時間をありがとう。

 

心のこもった手紙をもらえて良かった。疲れきって家に帰って来たら、机の上に手紙がおいてあるの。小学校に通ってた時からずっとそうやって、机の上で私の帰りを待っててくれてて。もう宛先の文字だけで貴方からの手紙だってわかるようになったよ。そうやって届く手紙にはいつも「思いやり」と「心配」が綴られていて、読み終わった時、心がほっこりしてつかれとかふっ飛んでるの。丁寧に綴られた「手紙」、今までのも全部とってるからね。たくさんの「手紙」、ありがとう。

 

頼れる人のもとに生まれて良かった。今まで何度支えられたことでしょう。悩みごとを打ち明けると貴方は自分の体験談を話してくれて、「私もそんなことあった」って励ましてくれるよね。すごく勇気づけられるし、何より貴方も同じことを体験してきたことが知れて、一人じゃないんだって心強くなれるの。私、貴方の若い頃の話聞くの、すごく好きよ。これからも少しずつ教えてね。

 

こんなに貴方は今まで私に尽くしてくれてたんだよね。ここで言ったこと以外にもたくさん尽くしてくれてるよね。私はちゃんとおかえしが出来ていますか。ちゃんと、貴方に返すだけのことを、してあげられていますか。なんだか、私ばかり幸せになってしまっている気がするけど、返せているのかな。

 

もし貴方が「返せてるよ」って教えてくれても、私はそこでやめたりしないからね。これからも絶対、ずっと貴方のためになることをしていくよ。貴方のために尽くせるよう、努力するよ。貴方のことを、心にとめて、生きるよ。

 

十六年前の真夏、長時間の激痛に堪えて私を産んでくれた貴方。あの日から、貴方に沢山の愛情をもらって、ここまで成長しました。確かに、離婚とか途中で悲しいこともあった。でも、今こうやって前を向けているのはやっぱり貴方の支えを感じて力にできたからだと思っています。

 

母さん。

 

遠く離れていても、いつも近くに感じています。これからもたくさん世話焼かせたりしちゃうと思うけど、その分幸せを届けられるように努力するからね。

 

いろいろ言ったけど、最後に。

 

母さん、私を産んでくれてありがとう。

 

本当に、ありがとう。

 

花より

 

 

 

奨励賞

「祖母との暮らし」
愛媛県 県立今治南高等学校2年
酒部 ひかりさん

私が小学校へ入学すると同時にばあちゃんの家で暮らすことになったね。推さなかった私に拒否権とかなくて気付いたらばあちゃん家におったって感覚。

 

私にももちろん反抗期があった。ばあちゃんが私に言うひとことひとことになぜか苛立ち覚えてたくさん物に当たったり、物を壊したりしてしもた。今思ったらひどいことをしてしまったと思う。壊してしまった物は私がしっかり働いて弁償しようと思っとる。

中学・高校とあがって、ばあちゃんのおかげで元気に過ごせてこれた。それはばあちゃんが私の身の周りのこと全部やってくれたけんよ。洗濯・三食のご飯・お風呂掃除・食器の後片付け。私はもちろん感謝しとったし、少しは手伝わんといかんとも思っとった。やけど、思うままでなかなか行動にうつせん自分に苛々しとった。

 

ある日ばあちゃんが、

「腕が痛い。」

って言ってくれたよね。痛くても辛くてもなかなか口に出したりせんばあちゃんが言ったのに、私は何も気にせず、

「病院行きや。」

って言い残して学校に行ってしもた。学校から帰ってきた時には、ばあちゃんの腕のことはすっかり忘れとった。でも次の日の朝、またばあちゃんが、

「腕が痛い。」

って言ってくれたね。私はばあちゃんが病院に行ってないって気付いた。やけん、「なんで昨日、病院行かんかったん。」って、辛いのはばあちゃんやのに、ばあちゃんに怒りをぶつけてしもた。ばあちゃんは黙っとるだけで何も言わんかったね。学校が終わって家に電話したら誰も出てくれんけん、おかしいなと思いながら電話きったら、親戚のお母さんから、“ばあちゃんが入院した”ってメールがきとった。もう頭の中が真っ白になって急いで病院へむかった。ばあちゃんの病室に、焦る心をぐっとこらえて冷静に向かった。ばあちゃんの病室に行ったら、思ったり元気で、親戚のお母さんと話しをしよるばあちゃんがおった。命に別状がないことが分かって、めっちゃ安心した。ばあちゃんは、初期の脳梗塞になって腕があんまり動かんけん、リハビリするために入院するっていう理由やったね。ばあちゃんと、少し話をして別れたあとに、親戚のお母さんに、

「どして昨日、病院に行かんかったか知っとる?」

って言われたんよ。わからんって答えたら、「ひかりちゃんのことが心配やけんやって。」って言われた。ばあちゃんは入院することがわかっとたんやね。私が何もせんけん、心配して病院に行かんかったんやね。その話を聞いてばあちゃんをせめてしまったこと思い出した。私はめっちゃひどいことを言ってしまった。ばあちゃんは、自分のことは後回しにして私のことばっか考えてくれとった。やのに私は自分のことしか考えてないことに腹が立った。

 

ばあちゃんは今も入院しとるね。退院してからは、自分でできることは自分でする。いつまでも甘えてないで前に進んでいこうと思っとる。それでばあちゃんい感謝の気持ちを伝えたい。

「いつもありがとう。」

 

 

 

奨励賞

「ありがとう」
静岡県 県立気賀高等学校2年
川瀬 美咲さん

家族のみんなに「ありがとう。」なんて言えない。別に強がってるわけでもなければ、何かしてくれることを当たり前だと思っているわけでもない。ただ、改まって「ありがとう」っていうのが恥ずかしくってなかなか言えない。

 

お父さんへ。今年で51歳になる。毎日毎日夜中まで残業して帰ってくる。家に帰ってくればかるくご飯をつまみ、お風呂に入って就寝。そして朝。眠い目をこすりながら起きて来て朝食をとりすぐに出勤。朝の「おはよ」とあいさつをかわすだけ。正直毎日お父さんを見てて「毎日楽しいのかな?」と思うことが多い。基本平日はお父さんに会えない。毎日笑い話をすることもなければ、喋らない日の方が多い。でも、お父さんは毎日毎日つまらない仕事をしに行っている。でも、家族を養うため。私が高校に通えているのもお父さんのおかげ。毎日ありがとう。そしてお父さんはいつでも私の見方でいてくれている。側にいてくれる時間が短くってもなんでも私のことを知っているお父さんはすごい。今は体調を崩して入院していてすごく心配。でも、お見舞いに行くと必ずお父さんがいて面会時間が許す限り2人で笑い話できる時間が実は楽しみでもある。はやく退院して2人でご飯食べてお話したいな。私の為にいつも頑張ってくれてありがとう。だいすきです。

 

お母さんへ。今年でAKB48を卒業して49歳になっちゃうと笑い話をしてくるお母さん。いつも楽しそうに仕事へ行き、楽しそうに仕事から帰ってくるお母さん。そして、家事に仕事。それに私の部活のサポート。どんなに忙しくたって文句を言わないで頑張ってくれる。そんな母が私の憧れの人でもある。楽しい仕事であっても一日働いてくれば疲れはある。なのに、「お弁当やコンビニで買ったご飯じゃバランス悪いから」って言いながら美味しいご飯を作って家で待っていてくれる。いつも喧嘩ばかりで一緒にいても喋らない時もある。なのに、悩み事があるとちょっとした変化に気づいてさり気なく声をかけてくれる。小学校からバスケをしていて休日になると朝早く会場まで送ってくれ「迎え来て」って言えば、「遅くなっちゃうかもしれない。ごめんね」って言い迎えに来てくれる。何より節目節目でお手紙をくれ勇気づけてくれる。感謝しきれない。いつもお手紙の最後に

『私の娘として産まれて来てくれてありがとう』

ってかいてくれる母。私のお母さんが、私のお母さんで良かった。ありがとう。

 

家族のみんなへ。一番ちびっ子な私がいつも偉そうにしてごめんね。でも、私はこの家でみんなに支えられてるのだと改めて感じます。困ったことがあれば必ずたすけてくれる。呆れるようなことを言ったって、いつも笑いながら支えてくれる家族。ときには、「あんな家族がよかった・・・」みたいなこともあったけど、家族のみんなで集まる時間が大好きです。くだらない話をする時も、みんなで出かける時間も。きっとこんなに仲の良い家族はないんじゃないかなって思う。この家に産まれてこれてよかった。みんないつもおありがとう。

 

そして、もうじき9月22日。私が17歳になる日。「誕生日は、あなたが生まれた日だけど祝ってもらってプレゼントを貰うのが当たり前の日ではない。誕生日は、産んでくれたこと、ここまで育ててくれたことに対して感謝を伝える日なんじゃないかと思う」という言葉を総合の授業で聞いた。今まで誕生部に感謝の言葉を伝えたことがない。当たり前のことなんてない。今年の誕生日には、「ありがとう」の一言が伝えれたらいいな。

 

「いつもありがとう。みんなのことが大好きです。これからもよろしくお願いします。」

 

DEAR 自慢の家族

FROM 川瀬美咲

 

 

 

最終更新日:2014年12月25日