1. 受験生の方
  2. 在学生の方
  3. 卒業生の方
  4. 保護者の方
  5. 採用担当の方
  6. 教職員募集
資料請求 大学見学

産官学連携・地域連携

 

第5回 こころからの手紙コンテスト授賞式を開催しました。受賞作品を公開しています。

今年も全国の高校生を対象に「家族に宛てたこころからの手紙」を募集いたしました。

7月3日(月)~9月8日(金)の期間で、2,848通のこころのこもった手紙をお送りいただきました。

ご応募くださった高校生の皆様、高校の先生方、ご家族の皆様には、こころより感謝申し上げます。

皆様が綴ってくださった手紙は、ゲスト審査員に作家のあさのあつこさんをお招きするなど、その他多くの審査員によって、厳正に審査を行い、最優秀賞1作品、優秀賞2作品、奨励賞2作品、佳作15作品の合計20作品を選出いたしました。

11月19日(日)に開催した授賞式では、最優秀賞および優秀賞を受賞された3名の高校生にご出席いただき、表彰状を授与。それぞれが綴った手紙をこころを込めて朗読いただきました。

最優秀賞、優秀賞、奨励賞の合計5作品を紹介いたしますので、ぜひご覧ください。

 

授賞式を終えて、笑顔の受賞者(写真左から優秀賞の片岡佳奈依さん、最優秀賞の小林希映さん、優秀賞の小林菜摘さん。

 

最優秀賞  作品名:『双子のあなたへ

優 秀 賞  作品名:『お父さんへ』

優 秀 賞  作品名:『お母さんへ感謝の意を込めて

奨 励 賞  作品名:『家族へ』

奨 励 賞  作品名:『お父さんへ』

 

【最優秀賞】
 
 作品名:『双子のあなたへ
      立川女子高等学校(東京都)3年
      小林 希映(こばやし きえ)さん

私の双子へ

 いつだかあなたは学校で会った人の中に支えてくれる人がいるよって言った。だけど、私のことを一番支えてくれているのはあなただよ。生まれた時からずっと一緒で高校に入るまで離れたこともなかったね。クラスが違くても休み時間になったらすぐに会いに行っていたし、私たちの他にも双子はいたけど、その子たちからも仲良すぎって言われていたよね。どちらが姉かって聞かれては二人で私だって主張して、その度に乃映が妹なのが信じられないって言われてさ。正直私は不満だったよ。双子とはいえ、少しでも先に生まれたのは私なのにって。でも、考えてみればそう見えるのも当然なんだよね。昔から乃映の後ろをついていっていたから、妹に見えるのも仕方ない。小学校の頃は気が弱くて男子たちにからかわれては泣いていたしね。何も言い返せなくて泣いているだけだったけど、そこでも助けてくれたのは乃映だった。飛んで来て言い返してくれて、帰ろうって手を引っぱってくれたよね。あのあと、男子たちが全員で謝りに来たのはさすがに驚いたけど。学校も一人で帰れなくて乃映が休んだ日は友達に家まで送ってもらったこともあったんだよ。知らなかったでしょ。乃映は困っているときに助けてくれるだけじゃなくて人のために泣いて怒れる人だよね。つらかったとき、私がふとこぼした言葉に乃映は怒ったよね。そのまま走って行っちゃってどこに行ったのかと思った。

そうしたらお母さんが来て乃映がずっと泣いているけど、何言ったのって。すごく驚いた。申し訳なさと、どれほど自分が大切に思われているか痛感した。困っていたらすぐ助けてくれて、手を差し伸べてくれていつも頼もしいなって思ってた。友達が多くて人付き合いも上手で私とは真逆だったけど、羨ましいとは思わなかった。むしろ、たくさんの人に好かれる人の双子だって少し誇らしかったというか嬉しかったんだ。自分の意思を主張できて、違うと思ったことは違うって言える乃映に憧れていて高校に入ったらそういう人になろうって決めてた。本当は乃映と同じ高校に行きたかったけど、結局違う高校を選んだ。乃映から離れたほうがいいかもって思ったんだ。いつも頼りっぱなしだったから、自分一人でも大丈夫なようになりたくて学校くらいは別々のほうがいいかもって。高校に入ってから委員会にも入ったし、話し合いでも積極的に意見を出せるようになったし。一人でも何かをできるようになれたと思う。でも結局今でも色々な場面で助けられているなって感じたよ。一番救われたと思うのは、高校一年生の冬だったかな。部活で嫌なことがあってイライラして落ち込んでいた次の日の朝に二件のライン通知。一つは私が笑っている写真に加工がしてある画像。もう一つは長い励ましのメッセージ。「いつも部活お疲れ様だよ。大変なのに毎日凄いと思います。人にうまく頼ることのできない意地っ張りなきーちゃんだけど、たまには周りの人に甘えていいと思います。学校の部活で会った人の中には本当にきえのことを大事に思ってる人が必ずいるからね。部活も大事だけど、一番大事なのは公演でも部活でもなくきーちゃんの体だよ。すぐに抱え込んじゃうきーちゃんの悩みを半分こするためにのえは生まれてきました!頼りない双子だと思うけど、誰よりもきーちゃんのことを想ってる自信はあります。

だから何かあったらなんでも言ってね。愚痴も聞くし相談にも乗るしできることがあればなんでもするよ。だから負けないで頑張れ!きーちゃんの頑張ってる姿見るの大好きです。これからもその姿が見たいです。だから今に負けないでね。」部活に行く前だったから、また今日も頑張ろうって思った。感動してうまく言葉が出てこなくて、出てくるのは涙ばかりで乃映に泣かされたなって思ったのを覚えているよ。つらいとき、美味しいものを食べに連れていってくれたのも、ゲームセンターで欲しいぬいぐるみを取ってくれたのもカラオケに誘ってくれたのも、いつも乃映だった。いつもは前から私を引っぱってくれたのも、でもいざというときは一緒に隣を歩いてくれるのも。本当に私にとって大きな存在。私が怒っていても泣いていても最終的に笑わせてくれるのは乃映だけだよ。改めてこういうことを言うのは気恥しいけれど、ちゃんと伝えたいから素直に言うね。ありがとう。私と双子で生まれてきてくれてありがとう。乃映と双子で本当に良かった。私の話ばかり聞いてくれて自分の悩みを言わない乃映だけど、乃映が私を心配してくれているように、私も乃映のことを心配しているよ。乃映の悩みを半分こするために私も生まれてきたの。

だから同じ荷物を背負ってこれからも一緒に歩いていこうね。



【優 秀 賞】
 作品名:『お父さんへ』
      開明高等学校(大阪府)2年
      片岡 佳奈依(かたおか かなえ)さん

 お父さん。今まで学校で「お父さんにお手紙を書きましょう。」って言われても、いつも「お仕事頑張ってくれてありがとう。」ぐらいで、まともにお父さんに手紙を書いたことなかったよね。今回もほんまはめっちゃ恥ずかしいけど、ちょっと書いてみようと思います。

 お姉ちゃんの結婚式で、きっかり五分間のスピーチをしたお父さんを見て仕事中のお父さんの姿が想像できたよ。いつもこんな感じなんかなーって。家とは違う部分が見られて嬉しかったよ。

 幼稚園の時の運動会で一緒に走ったこと、ディズニーランドのパレードを見るのに肩車してもらったこと、いっぱい、いっぱい覚えてるよ。

 私が小学五年生だった時、お母さんが事故にあった日の事も覚えてる。いつも通り学校から家に帰って来たらなぜかお父さんが仕事から帰って来てて忙しそうに誰かと電話してた。その電話を切った後、いつもと違う雰囲気を感じて「誰?」って聞いた私に「お母さんが事故にあった。」って教えてくれたね。その時のお父さんは冷静で、心強かったよ。

 うつ症状でだんだん痩せて自傷行為で傷だらけになったお母さんの細くなった手足に毎日薬を塗っていたお父さん。素敵だったよ。

 お母さんが夜中にふらついてこけて頭から血を流しながら子どもみたいに泣いていた時も、私はどうしていいかわからず呆然とたたずんでいたけど、お父さんは飛び起きてすぐに対応していてかっこよかった。

 あれから六年が経って、お母さんもずいぶん元気になったけど、毎朝お弁当を作ってくれてるお父さん。自分の用意もしないといけないから四時に起きている事知ってるよ。ほんまにありがとう。高校卒業まで、あと一年半、お父さんのお弁当持って行っていいですか?「自分で作れ。」って言わないでね。

 この間、家の玄関でガタンって音がしたことがあったよね。急いで走って、しかもみんながいるリビングのドアをちゃんと閉めていってくれた姿はとてもかっこよくて頼もしかったよ。お母さんや私たち家族を何があっても守ってくれるんやろうなって思ったよ。お母さんがお父さんとの結婚を決めたのも、「絶対守ってくれると思ったから。」やって。知ってた?でも身体に無理のないようにしてね。検査はたびたび受けてください。

いつも家族を支えてくれて、守ってくれてありがとう。自慢のお父さんです。大好き。





【優 秀 賞】
 作品名:『お母さんへ感謝の意を込めて
      盈進高等学校(広島県)1年
      小林 菜摘(こばやし なつみ)さん

お母さんへ感謝の意を込めて


 お母さんへ、今まで16年間、大切に育ててくれてありがとう。お母さんは、私にとって、本当にかけがえのない存在です。どんなときも支えてくれて、私に元気をくれるよね。いつも感謝の気持ちでいっぱいだよ。ありがとう!

私が3歳の時、病気で右半身が、特に右手、右足が不自由になって、お母さんには、なにもかも手伝ってもらってばかりで、いろいろ迷惑かけてきました。だから、私はお母さんに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだったんだ。でも、このままではダメ、自立しなきゃと思って、自分のことは自分でするように努力してきたつもりです。それは、少しでもお母さんの負担を減らしたいと思っていたからなんだ。

 お母さんとの思い出の中で、1番心に残っていることは、初めてのお母さんとの料理。「高校生になったんだから、料理してみない?」と、お母さんは言ったよね。私は、右手がうまく使えなくて、包丁で野菜を切るときや、火を使っているときに、怪我をすると怖いなと思ってたんだ。

でも、このままずっと、お母さんに作ってもらってばかりだと、将来一人暮らしするときに、料理するのは自分だから、今のうちに簡単な料理だけでも作ってみようと思って、その日の晩ご飯作りに初挑戦したんだね。

 まず、ご飯。ジャーの釜に水を入れるところまでは自分でできたけど、米を研ぐ時に、釜を右手で押さえきれず困っていたんだ。すると、お母さんが側に来てくれて、「私が押さえるから、できるだけ(左手で)早くまわしながら研いでみて」ってアドバイスしてくれたよね。おかげで、少しはお米を研げるようになったんだよ。

 一番苦労したのは研ぎ汁を流す時だったね。釜を傾けなければならないから、釜が重たくて、両手で持ちたくても持てず、大変だったんだ。

お母さんは、慣れた手つきで何でもこなすから、ほんとにすごいなと思う。私もいつかはお母さんみたいにできるようになりたいな。

 料理をしてみて、こんなに楽しいんだって実感した。特に野菜を切るときの、トントンっていう音。いつもは聞いているだけだったけど、自分でやってみると、その音がいつもより心地よく聞こえたんだ。それまでは洗濯物を取り込んだり、ごみ捨てに行ったりするぐらいだったけど、料理も楽しいってことに気づいたんだ。

 私は、英語を使うのが大好き。だから将来は英語関係の仕事に就きたいと思ってる。英語を生かして外国の人々と対等に話がしたいんだ。外国籍の人とコミュニケーションをとることで、相手の文化や生活の違いを知ることができるのって、とっても楽しいことだし、素敵な人間関係も築けると思うんだ。それをお母さんに伝えた時、「いいよ」って言ってくれたね。うれしかった。でも、お母さんは、続けてこう言ったよね。「英語だけではなく、他の教科の勉強にも関心をもってほしいな」って。

 覚えてる?実は少し焦ったんだ。他の教科を疎かにしていた自分には気づいていたから。お母さんに言われてズキっときたんだ。だから、好きな英語も苦手な教科もすべて、生きていく上で必要だから、ちゃんと他の教科も大切にしようと、今は思っています。

 お母さんは私が中学を卒業するとき、褒めてくれたよね。「3年間の皆勤賞が何よりうれしいよ」って。私は、絶対に学校を休まないって決めていたから、少々お腹や頭が痛くても学校に行きました。その私をお母さんは毎日、明るい声で、「行ってらっしゃい!」って見送ってくれたよね。その声がどれだけうれしかったか。私の毎日の元気のエネルギーだったんだよ。だからお母さん、私の皆勤賞は、お母さんといっしょにもらった賞なんだって、私は思っている。

 そしてね、お母さん。私はいま、とても毎日がうれしいんだよ。それは・・・お母さんの後輩だから。お母さんも着ていた制服を着て、お母さんも通った学校までの長い坂道を通って、毎日通学できるから。私と同じ年のお母さんが見た景色を毎日見られるから。お母さんが感じた季節の香りや風を、私も毎日、身体いっぱいに感じながら学校に行けるからね。そのことをとてもうれしく、そして誇りに思っています。

 そうそう、あの通学路の長い坂道。中学入学時は、右手と右足のバランスを保って登るのも難しかったんだ。それに加えて、荷物がとても重く、校舎に入るまで20分くらいかかっていたけど、あれから3年半、今は最短で5分で登るんだよ。お母さんの美味しい料理とお母さんの毎日の元気な見送りの声のおかげです。ありがとう。

 普段は直接「ありがとう!」ってなかなか言えないときがあるんだ。でも心の中では本当にお母さんへの感謝の気持ちでいっぱいなんだ。

だから、いつもありがとう!これからもこんな私をよろしくね。お母さん。世界で一番、大好きです。




【奨 励 賞】
 作品名:『家族へ』
      立川女子高等学校(東京都)3年
      伊藤 由梨香(いとう ゆりか)さん

家族へ

 私は、五歳までは一人っ子でその間はずっと甘やかされてきたと思います。小さい頃から、親の言うことは全然聞かないし、自分がやって欲しいことは何でもやってもらわないと気が済まなくて、本当にわがままな娘でした。そんなとき、六歳になってさやが生まれてすごい喜んでいたのを覚えています。でも、今までパパとママを独占できていたのに、さやが生まれたら私は二番目みたいな感じで二人を取られるのが少し嫌だという気持ちもあったけれど、さやが誕生してから一人だったときとは全然違って遊び相手もでき、楽しいことの方が多かったです。そんなとき、さやのお腹にガンが見つかり、緊急入院することになりました。あのときはすごく驚いたし、信じられなかったですよね。それからさやは入院生活になってしまい、そのとき小学生だった私は病室にも入れず、さやにも全然会えなくて本当に辛かったです。さやに会えないだけではなく、あのときはパパもママもさやにつきっきりで、私はじいじとばあばのところに預けられていましたね。夜になったら、パパかママのどちらかが迎えにきてくれるという生活が続いていましたね。しょうがないけれど、あの当時はそのこともとても寂しかったです。パパもママもじいじもばあばも私をほったらかしたり、イライラをぶつけたりとかは絶対にしてこないで私を受けとめてくれてありがたいなあと思いました。それから何日か経つとさやの体調が良いときは、待合室までさやが来てくれたり、外泊ができたりしましたね。久しぶりに見るさやは、やっぱりどこか弱っていて寂しいとか言ってた自分がおかしいなと当時の私でも考えたことを覚えています。そしてある日いつも通りに学校を終えて、じいじとばあばの家でご飯を食べていたとき、ママから連絡が入り、なにかとじいじに聞いてみると「さやがもう危ない。」と言われました。そのときの不安は今までで感じたことがありませんでした。私たちはすぐに病院に向かいました。さやがいる病室に入るとさやを皆が囲んで必死になって叫んでいて、お医者さんは心臓マッサージを繰り返していて、あの状況をすぐには受け入れられなかったです。そしてとうとうさやは戻らない人になってしまいました。あの瞬間のことは多分みんな絶対忘れられないと思います。そのことがあってから数日、みんな暗い雰囲気だったけれど、私の前では笑顔になってくれてそれだけでも私は救われていました。さやが亡くなってから二年が経ったとき、さっくんが産まれて私たち家族に太陽がまた光ったように感じました。パパもママも怒ることはあるけれど、それは私のためだって分かっています。これからも、もっともっと迷惑をかけてしまうと思いますがよろしくお願いします。誰よりも家族が大好きです。

 



【奨 励 賞】
 作品名:『お父さんへ』
      神戸常盤女子高等学校(兵庫県)2年
      厚見 玲奈(あつみ れいな)さん

お父さんへ

今どこで私たちのことを見てくれてますか?

 

中3のクリスマスイブの朝、お父さんにお弁当を初めて作ったよね。何気ない会話をして、いつものように見送った。その数時間後...私は中学校の先生から、

「お父さんがバイクの事故で亡くなった」

って聞いて、頭が真っ白になった。本当に信じられなかった。あの自慢の赤いバイク・・・。なんで?ほんまにお父さんなん?なんか悪いことでもした?って考えた。今朝まで普通に話して、いつも通り元気に仕事に行ったのに。大丈夫、お父さんは絶対生きてるって願いながら病院に向かった。でも、ベッドの上のお父さんの姿は、数時間前とは全く違う姿だった。いつもの優しい笑顔のお父さんじゃなかった。痛々しい傷がたくさんあった。目の当たりにした現実を受け入れたくなくて・・・目を開けられなかった。そんな時、お母さんが言ったんだ。

「お父さん、まだ温かいよ。これからどんどん冷たくなっていっちゃう。今のうちに触れて、伝えたいこと、伝えなさい」

って。お父さん、あの時ちゃんと伝わったかな。

あの日、お父さんが背負ってたカバンからぐちゃぐちゃになったお弁当が出てきたよ。事故の衝撃がすごかったんだね。初めて作ったお弁当、食べてほしかったな。感想聞きたかったな。これがお父さんに作る、最初で最後のお弁当になるなんて、思ってもいなかった。

お父さんがいなくなって、当たり前に過ごしてる毎日がどれだけ幸せなことか気づいたの。嬉しかった出来事を話すことも、喧嘩して言い合うことも、全部が当たり前じゃなかったんだね。素直に「ありがとう」「ごめんなさい」ってなんで言えなかったんだろう。気づくの遅かったね、私。心配かけたり、反抗したりして、ごめんなさい。私のために怒ってくれてありがとう。

お父さんとのたくさんの思い出、ふとした瞬間に今でも鮮明に思い出すよ。たった15年しか一緒に生きられなかったけど、その15年間は一生忘れない私の宝物。

お父さん、会いたいよ。今、どこにいるの?

みんなの前ではね、「お父さんがおらんくても大丈夫」って強がっちゃうけど、やっぱり寂しい。寂しくて寂しくてたまらない。友達がお父さんと話してるのを見ると泣きそうになっちゃうし、1人になると今でも涙が溢れてきちゃう。でもね、私の周りには私を支えてくれてる人たちがたっくさんいる。私たち家族はみんなに支えられて今こうして笑顔で過ごせてる。たとえ会えなくても、お父さんはみーんなの心の中にずっといる。だってお父さんの葬儀はすごい人だったんだよ。式場で今までで1番多い人だったんだって。それだけお父さんはたくさんの人に信頼されて、愛されて、尊敬される人だったんだね。私の自慢のお父さん。私もそんな大人になりたい!だから、どんなに辛いことがあっても笑顔を忘れず、乗り越えるよ!あと、お母さんの手伝いもサボらずする!だからお父さん心配しないでね。安心して、見守っててね。

15年間ありがとう。ずーっと大好きだよ、お父さん。




最終更新日:2017年11月29日