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シリーズコラム『(医療)福祉は、例えるとブラックホールのようなもの?』

⑤ ソーシャルワーカー・マインドについて

 

 いよいよこのシリーズも最終回となりました。今回は、福祉領域の相談援助職として特に大切にすべきマインド(ソーシャルワーカー・マインド)について、お話したいと思います。

 

 ”福祉”の領域で仕事をしようとする場合、本学のような四年制大学、あるいは短大・専門学校で学ぶことが通常のルートと言え、そこでの学びは、”仕事”に必要な知識や技術を身に付けるということになります。

 しかし、知識量ではコンピュータに到底及びませんし、技術についても、現代の著しい進歩にあっては、膨大なマニュアルデータを取り込んだロボット・メカの方が相手の方の言葉を正確に理解し、上手く返すことができるかもしれません。

 「じゃあ、メカに負けないくらいに勉強をし、技術を磨けばいいんじゃないの?」って言われるかもしれません。それは”ダメよ~、ダメダメ”です。私たち対人援助職の対象は”ひと”ですので、たとえメカに負けないほどに知識と技術を修得したとしても、その知識や技術に”こころ”が入っていなければ、相手の方の心に響かないのではないでしょうか?

 

 では、その”こころ(ソーシャルワーカー・マインド)”ってどんなことなのって思われるかもしれません。これは”真髄”とも言える部分です。言葉で伝えるのは、非常に難しいんです。

 そこで、私は「ともしび」(城戸典子、日本キリスト教団出版会、1980年)に書かれてある内容を引用して、患者・家族の心の揺らぎや、接する際の視点について話をすることにしています。どのような話なのかを大雑把に言うと、次のような内容です。

 

 むかし、フィレンツェの町に、途方もない力持ちで大ホラ吹きのラニエロという男が住んでおり、勇気と豪傑ぶりをいつもみんなから褒めそやされたがっていました。そのためにラニエロは兵士になって手柄を立てるのが一番だと考えました。そして、兵士となり、たくさんの手柄を立てたので、その名は国中に轟きました。当時、エルサレムにあるキリストのお墓をイスラム教徒から守るため、ローマから何度となく十字軍が派遣されました。ラニエロはある遠征の時に加わり、そこでも大手柄を立てたので、その褒美として、キリストのお墓の前に灯る尊い“ともしび”を、最初にろうそくに移すことを許されました。その”ともしび”を見て誰かが「ラニエロ、いくらなんでも、その”ともしび”をフィレンツェの大聖堂までお届けするわけにはいくまい」といったため、「おれ様一人で運んで見せる」と言ってしまいました。

 ある朝早くに、鞍にたくさんのろうそくを結わえたロバを引き連れて出発したのですが、ろうそくの炎は手やマントでかばっても絶えず揺らめき、消えそうになります。ある時は追いはぎに襲われ、残ったのはぼろぼろの着物、やせ細ったロバとふた束のろうそくだけ。ある時は、残っていたろうそくも底を尽き、疲れ果てて眠っている間に雨に降られたりしましたが、その都度、人に、あるいは動物に助けられるといったさまざまな幸運に恵まれました。ひと吹きの風、一滴の雨でも消えてしまうろうそくの炎を見ながら、何度となく投げだしそうになりますが、それでも「消えないように」とそればかりを願いながら、旅を続けました。このような中、弱いものを必死で守ろうとするなんて、彼にとっては生まれてはじめてのことです。

 この旅を続けるうちに、ラニエロは手柄、名誉、高価なものなど、どうでもよくなってきました。

 道中、いろいろな人に助けられ、幸運に恵まれながらも苦心惨憺であった、長く辛い旅も終りに近づき、フィレンツェの町にたどり着くことができました。もちろん、誰ひとりとしてラニエロがエルサレムから“ともしび”を運んできたなんて信じませんし、彼を取り囲んで聖堂までの道を塞ごうとしてきます。

 このままではろうそくの炎が消えてしまうと思った瞬間、一羽の鳥がともしびにぶつかり、その小鳥の羽根に火が燃え付いたまま大聖堂の中に飛んで入り、祭壇の前に落ちて息絶えました。そのとき、ラニエロは駆け寄って、小鳥の翼を焼き尽くした炎で、祭壇のろうそくに火をつけました。

 

 さらに、この話に続けて次のような話をします。 

 

 私たちの前に相談に来られる患者、利用者、家族の心の中は、実のところ、このろうそくの“ともしび”のように、絶えず揺らめいているんです。その揺らめいている“こころ”を“無我”、“無心”で守ろうという強い意志がなければ、いくら豊富な知識と卓越した技術を修得することができたとしても、プロの対人援助職にはなれないんです。

 名刀といわれる刀も使い手の“こころ”が邪悪であれば、相手ばかりか自らも傷つけることになるのと同様に、知識や技術も、それを用いる“ひと”が醸成されないと、知らず知らずの内に周りの人間を傷つけることになります。つまり、自分の言動が一人ひとりの相手にどのような影響を与えているか、この人にとって何がより良いことなのかなどについて常に考え、意識する習慣をつけることが大切なんです。ただ、言うのは簡単ですが、実行することはなかなか難しいことなんです。でも、難しいから辞めたではなく、常にではなくても時折でも良いので考える、意識する習慣を身につけるように努力して欲しいと思っていますし、私もみなさんが意識することができるように努めて声をかけていくようにします。

 

 相談援助職、対人援助職は、基本は“人とひと”との間に信頼が芽生えるかどうかが全てで、芽生えることができれば相手の方は確実に“成長”していかれます。もちろん、そのような関わりを通じて、援助職も成長をさせていただけるんですね。

 

 このような患者・家族だけではなく専門職自身も“福祉”を実感することができ、その後の人生の糧にすることができる、この奥深くて非常にやり甲斐のある”学び”を、私たちと一緒に始めてみませんか?


 

 

医療福祉学部長 吉川 眞

最終更新日:2014年12月15日