医療経営学科

産業競争力会議(議長・安倍晋三首相)の医療・介護等分科会で2013年12月、「医療の世界に、持ち株会社」という従来の発想にない提言が中間報告され、物議を醸してきましたが、今年5月、持ち株型の「地域医療連携推進法人」の新設を盛り込んだ医療法改正案が衆議院で可決されました。地域の複数の医療機関を一体で運営する非営利一般社団法人が想定されています。病院を運営する医療法人、介護施設を運営する社会福祉法人の間で切れ目のない地域包括ケアは実現するのでしょうか。医療崩壊は防げるのでしょうか。その現状、課題と展望を、最前線に詳しい本学医療経営学部の田村潤・教授に聞きました。

<第1回>
法人間をまたいだやり方で医療崩壊に対処
地域の特性に配慮、全国一律の制度設計を見直し

―― 地域医療連携推進法人とは。

2013年、社会保障制度改革国民会議が端緒

新聞報道などで、いきなり「持ち株型」とか「ホールディングカンパニー型」と言われましたが、今はそういう呼び方はしません。「地域医療連携推進法人」が正式名称になりました。発端は産業競争力会議の分科会の提案とか、閣議決定とか、それらよりはるかに前にあって、2013年8月に社会保障制度改革国民会議で報告書がまとめられました。その中に盛り込まれたのが一番の端緒です。

企業の持ち株会社とは性格を異に

「持ち株型」「ホールディングカンパニー」とは全く異なるものという印象を受けます。持ち株というと、株を持つことで強い支配力や影響力を行使するとか、経営統合とか、そういうキーワードが浮かんでくるのですが、それとは全く違っていて、わかりやすく言うと、「緩やかな地域の結びつき」を目的としています。社会保障制度改革国民会議で慶大教授の権丈委員が言われた言葉。「地域における医療・福祉サービスのネットワーク化の手段」なんだと。多分、この言葉が一番あっていると思います。いわゆる企業の持ち株会社とは性格を異にしている、と言っていいと思います。

非営利性を堅持するという方向性

他のキーワードは非営利性。最後までこれが堅持されて法律に盛り込まれた経緯があります。「持ち株会社」「ホールディングカンパニー」という言葉が出てきた時には、営利法人が参入するのではないかと、医療側も危惧しました。当然、企業側もそういう機会があるのではないかと感じた訳なのですが、厚労省の「医療法人の事業展開等に関する検討会」で営利法人の参入については否定をされました。非営利性を堅持するという方向性になったということです。

圏域は2次医療圏を単位に

もう一つはIHN。アメリカのインテグレート(統合)ヘルスケアネットワーク。キヤノングローバル戦略研究所の松山幸弘先生がよく言われる「大規模型の統合システム」ですが、これも否定されました。圏域については、2次医療圏、地域医療圏を単位とするということで落ち着きました。最初に社会保障制度改革国民会議が答申をまとめて、それをもとに厚労省の検討会で審議が続けられてきました。それと別枠で産業競争力会議とか、安倍総理が「大規模がいい」とか、「メイヨ-クリニックを目指すんだとか」とか言われましたが、本来の2次医療圏内の医療・介護のネットワーク化をめざすという所に落ち着いて、最終的に法案化されたということになります。

既存の病院が共倒れに?

―― 医療法人、社会福祉法人の参入数は増えるのでしょうか。

参入する企業、介護サービス事業所は少ない

法律が制定され、細かい規則が決まって、手を挙げる、参入する企業、介護サービス事業所は低い、薄いだろうと思います。なぜかと言いますと、紆余曲折があり、決める段階で非営利性にくさびを打ち込んだ、何重にも規則を作った、住民参加型の審議会を作れとか、圏域については地域医療構想、2次医療圏を前提にするということが設けられています。既存の医療法人、持ち分のある企業法人から見ると非常に扱いにくい制度になりました。

M&Aが手段としては主

既存の医療法人をM&A(合併と買収)するというやり方もあります。医療法人、経営者からすれば、お金を持っていれば経営力があればM&Aの方がらく、容易なわけです。わざわざ地域住民を集めて、議論が関係ないところに行くような心配しなくて済みます。M&Aも自分の意のままにできると言うこともあるので、おそらく手段としてはこちらの方が主になって行くだろうと思います。医療法人が地域でシェアを高めて行くには、わざわざ、地域医療連携推進法人を新たに作るよりも、既存の病院をM&Aするというやり方を取るだろうと思います。

インセンティブが左右

現時点ではまだ、参入するメリット、インセンティブ(誘因)が何もありません。当然、官庁は導入するにあたって、インセンティブを作りますから、それによっては、なびく可能性があります。資金需要の面で何か、インセンティブが働くとやってみるかなと、と言うことが出てくるんじゃないかと思います。人口減少地域で、特に公立病院が林立しているような地域。広島県で言えば呉、京都では舞鶴。あの辺りは人口が年々減ってくる訳ですから、下手すると既存の病院が共倒れになりかねません。そういう所ではこの法人間をまたいだやり方があっているのではないでしょうか。呉でいえば、国立病院機構、KKR(国家公務員共済)、医師会、済生会病院があるといった状況ですから。人口は減ってきて、共倒れになりかねません。整理統合するとか、垂直連携です。急性期をやるのは1病院だけでいい、あとは全部、回復期をやるとか、変わってくる事はあるわけですね。

撤退できない施設サービス

―― 地域、患者のメリット、デメリットは。日本の医療は変わるか。

自治体病院の再建、共倒れ防止

地域にとってのメリットは3点あります。まず、自治体病院の再建、共倒れ防止です。次いで、地域全体で見た場合の過剰投資が目立ちます。CT、MRIを各病院が持っていますし、場合によっては手術室もそうです。使わないのに持っているケースがあります。それを有効利用します。3点目として、介護サービスでも言えることですが、地域の定員は決まっていますから、定員を超えない限りは、自治体は抑制をかけません。しかし、人口が減ってきます。通所、訪問サービスだったら撤退は容易ですけど、施設サービスであれば建物を作っているので撤退できません。撤退できないから、統合するとか、目的を変える際に役立ってくると思います。

患者・利用者情報を一元化

患者のメリットは一つあって、緩やかなつながりという形にしても、患者情報とか利用者の情報を一元化すると思います。重複診療を抑制できます。そういうメリットがあります。ただ、一方でこんなケースもあります。先ほどの呉で話すと、ある病院にずっと通院していた患者さんがかかっていたその診療科が突如、別の病院の診療科になるというケースは起こり得ます。地域の枠、全体構成で、自分がそこの眼科にかかっていても、そこの病院は眼科をなくして、ほかの病院にまとめてしまおうと言うのは起こり得ます。たとえば、医師会病院の眼科にかかっていた患者さんに「明日から、国家公務員共済病院に行って下さい」と言うことは起こり得ます。そうすると、これは利便性の低下以外の何物でもありません。時にはそういうことも起こり得るかなと思います。

地域全体で価格交渉、まとめて雇用・配属

―― 医療、介護施設にとって、参入した場合のメリット、課題は何ですか。

スケールメリット、応援というカタチで派遣

中小病院にとっては、メリットは大きい。バーゲニングパワーというのが出てきます。400床の病院と100床の病院では全然、値引率が変わってきます。地域全体で購入するということになれば、価格交渉力が出てきます。スケールメリットが出てきます。病院個々に人事、医療従事者を雇用しています。これも地域でまとめて雇用して、配属をするということになってきます。こういうケースがあります。ある診療科が閉鎖すると、医師はともかくとして、そこで働いていた看護師も仕事がなくなってしまいます。それに対して、地域の緩いつながりができると、別の病院に欠員ができると異動させることができます。また、応援というカタチで派遣する事ができます。

持ち株会社の経営責任がどこに。個々or全体? 事前決定

日本は病院数が多く、医師数も多いので医師1人当たりの症例数が非常に少ない。担当する医師を限定すれば症例数が増え、手術の熟練度が上がります。デメリットもゆるい結びつきの中にあって、持ち株会社の経営責任がどこにあるか、事前に決めておかなければなりません。個々の医療法人の経営責任なのか、全体の地域医療連携推進法人の責任なのかに関わってきます。同様な問題が資金調達にも関わってきます。持ち株会社は株を持っていますけれど、地域医療連携推進法人は資産を持たないので、単独でお金が借りられません。既存の医療法人が借ります。連帯保証をどうするかということになります。

法人税が免除といったインパクト

法案が通って、さあ始めますよという時に、どれだけのインセンティブを付けるか、それからこういう課題を解決するか、そこにかかってくると思います。参考になるのは、社会医療法人が世の中に出た時、一番インパクトが大きかったのが、法人税が免除だと言うことだったのです。あれに、みんな飛びついた訳です。当時、非営利性の法人格としてあったのが、特定医療法人と、もうなくなったのですが特別医療法人。これは税率が22%だったのです。一般の医療法人30%に比べれば低いですけれど、それでも22%払っています。社会医療法人は税率0%ですから、これはでかいぞとなって、みんな参入したわけですから。同じような経済的メリット、インセンティブがあれば、まあ、こぞって入ってきます。

地域連携パスと同じ。系列化の威力

地域医療連携推進法人ができて、いろんな施設が加入をしてくると、当然、入らなかった施設というのは路線から外れるというケースになってきます。当然、入りたいとなります。同じ事例だと思うのですが、地域連携パス。あれと同じです。あのパスに参入すると、黙っていても上から患者さんがきます。ところが、あれに入ってないと、患者さんが来ません。地方とか、都内でも、パスができると、我先に入ってきます。他府県のパスも参入するということも現に起こっています。系列化というと、違うかも知れませんが、力を持ってくると思います。グループ病院は多分、最初の概念が出てきた時、「あっ、自分たちがやっているような事だな」って思ったと思います。要は緩やかな結びつきですが、圏域を2次医療圏に限定されてしまっているので、同一医療圏で完結する以外は、単独で入ってくるイメージだと思います。

全国一律の制度設計は地域の特性に対応できず

―― 診療報酬主導による医療の機能分化、連携の誘導には限界?

融通きかない7対1の入院料

社会保障制度改革国民会議の中でも、診療報酬でインセンティブを与えるのは限界に来ているだろうと話し合われていました。1点目は全国一律の制度設計と言うことです。そうすると、地域特性にあった制度設計ができませんし、融通きかないとなってきます。代表的な例が7対1の入院料です。あれは全国一律ですが、北海道のへき地では、人がいないので7対1がとれません。一方、都内の病院は全国から看護師が集まってくるから、黙っていても7対1がとれます。こういうところから全国一律の制度設計では限界があると言われたのが第1点。

財務省の影響が大きく、施設基準がかっちり

第2点目は、特に診療報酬はそうですけど、財務省の影響が大きいこと。6年スパンでしようと思っても、財源ないからだめだと言われて、みすみす引っ込めざるを得ないとか。2年ごとに改定していって、その時の財源状況によって制約を受けますので、なかなかミドルスパンではインセンティブを持続できないといったことがあります。3点目は、施設基準というのはかっちり決まっていない、というんですか。読み方によって裏をかくというのが横行しています。厚労省は裏をかかせないためにガチガチに制度を固めます。全国一律の制度ですから、地域特性に融通が利かないとなってきます。最近の診療報酬は非常に扱いにくい制度になっています。どうしても限界があるのではないかと思います。

これまでの掲載記事

「地域医療連携推進法人の課題」 医療経営学部教授:田村

緩やかな地域の結びつき 医療・福祉サービスのネットワーク化の手段

ページのトップへ戻る