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第7回2015.1.5更新

いじめ問題の新たな解決に向けて

研究の動機

 2012年6月、滋賀県大津市で中学2年の男子生徒がいじめによって自死に追い込まれました。この事件をきっかけに、「いじめ対策推進法」が制定され、いじめ加害者への懲戒や出席停止などの罰則が科せられる動きが、少年司法分野における厳罰化と併せて加速しています。こうした対応すべてが間違っているとは言い切れませんが、加害者の被害者理解が進まないまま、対立の構図が固定化してしまうことが危惧されます。

 こうした厳罰化の傾向は、アメリカのゼロ・トレランス(厳格化)制度にならったものですが、そのアメリカでは、退学者が急増するなどの弊害が生じたことから、従来の紛争解決とはまったく異なる発想と方法に基づく「修復的実践」が注目されるようになりました。この「修復的実践」の意義と限界を見極めること、日本の学校現場での実践は可能かを探るため、文部科学省科学研究費の助成を得て、2012年度から研究を始めています。


下西 さや子 教授

医療福祉学部 医療福祉学科

研究テーマ:
1)虐待問題を抱える親への援助のあり方に
  関する研究
2)犯罪・非行の再生産構造と複合的援助
  のあり方に関する研究
3)いじめに対する修復的実践

「修復的実践」とは?

 私は、1995年からCAP(Child Assault Prevention=子どもへの暴力防止)プログラムを子どもたちに提供する活動に携わっています。この活動を通して、子ども時代に遭ったいじめ・虐待など暴力の被害体験を聞いてほしいという人たちにたくさん会いました。一方、少年院の相談員や少年院・刑務所収容者の仮釈放に関わる仕事を通して、暴力犯罪の加害者と出会った私は、彼らが被害者の苦悩を知らないか、あるいは過小評価していることに驚きました。

 現在の司法制度では、国が加害者への刑罰を決定します。加害者と被害者が切り離されることから、加害者にとって被害者の存在がどんどん希薄になっていくという現状もまた、加害者と被害者を隔てる要因になっていると思います。犯罪被害者運動の進展もあって、被害者、加害者および関係するコミュニティの人々が法律家などの第三者に任せるのではなく、直接話し合いに参加することを通して、問題解決を模索し、人間関係の回復を図ろうとする「修復的司法」(Restorative Justice)が、従来の司法制度の限界を超える新たな手法として、1970年代からアメリカの少年司法分野で行われてきました。「修復的実践」は、この「修復的司法」の理念を教育現場に応用したものです。オーストラリアで、いじめ対策として導入され、いじめ抑止に効果があるとされて以降、教育現場に適合するようさまざまな工夫をしながら実践が積み上げられてきており、今日では、欧米を中心に世界各国で実践されています。

 欧米で効果を上げている「修復的実践」が、教育制度をはじめとして、子どもの生活環境の異なる日本でもそのまま有効かどうかは慎重でなければなりません。しかし、いじめ被害者が心の傷から回復できずに苦しんでいたり、あるいは、防衛や報復感情からいじめ加害者になるケースが数多く報告される現状において、被害者の支援と並行して加害者の被害者理解を勧め、対話による問題解決の可能性を追求していくことは、実践のプロセスにおいて、多くの気づきを当事者と教育現場にもたらすことと思います。

 日本のいじめは、加害者・被害者・傍観者・観衆による複雑な四層構造を持ち、傍観者・観衆が大きな鍵を握っているといわれます。そうであればこそ、家族や友人などを含めて実施されている「修復的実践」は、被害者のエンパワーメントだけでなく、いじめ防止に寄与できるのではないかと考えつつ、現在、国内外の関連情報を収集し検討したり、学生のアンケート調査、学校教員への聞き取りを行ったりしているところです。


 

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