2012年07月13日

伊丹研究室

伊丹研究室では、「自然に学ぶ!」を合言葉として、
「群れロボットによるタスク生成」
「非線形システムの量子アルゴリズムによる解析」を主たる研究テーマとしています。
また(多くの)人間の関わる現象のダイナミクスに興味を持ち、
そのシステム論的な理解のための研究を始めています(フェティシズムの起源、外国語習得/生成文法論の非現実性、音楽におけるコード進行)。
ここでは主たるテーマについて、
それらの「自然現象」との関わりに強調点をおいて説明します。

 

1 ブラウン運動に学ぶ!群れロボットによるタスク生成

 

ロボットをたくさん集め協調して動くようにすれば、
「群れ」としての知性が発揮されると考えられます。
ところがこうした共同作業の質を高めるには、ロボット相互の情報交換が欠かせません。
たとえば重い荷物を、多人数が階段を上がり降りしながら共同で運ぶような状況があります。
お互いに声を掛け合って段差に注意を促したり、
誰が力持ちで誰がそうでないか、といった経験的な知識も併用して、
このタスクがやり遂げられます。
共同作業をする人間の間の好き嫌いに結果が左右されることもありそうです。
このような作業をロボット達に任せるとすれば、
彼らの間でも同様の緊密な連絡がなされる必要があります。
しかしこのような通信連絡網は、ロボット台数N が増加すると格段に複雑になっていきます。
単に2 台の間で会話をするとしても、
回路数は組み合わせの数に比例して増えます。
さらに3台が互いに協調する状況もあるでしょうから、
そのような通信網も設定する必要があるかもしれません。
またどれくらい近づけることでそのような通信がなされるのか?
という問題も出てきます。
さらに互いに背反するような報告が周囲のロボットから通信されてきたとき、
どちらを信じて行動するか?という悩みもあり得ます。
要するに簡単に協調と言っても、
人間どうしが「阿吽(あうん) の呼吸」で遂行できるようなタスクをロボットにやらせるのは、
非常に困難であると考えられます。

 


図1: 相互情報交換のためのセンサを持たないロボットの群れによる物体搬送システム

 

ところで自然界には、相互情報交換のためのセンサなど無くても協調した運動を行う現象があります。
それは、非常に多くの液体分子がそれよりはるかに大きな花粉を動かす「ブラウン運動」です。
注目すべきは、液体分子が互いの存在やその状態を知るためのセンサなど持ち合わせていないことです。
液体分子は熱による揺らぎで動きます。
そこで、液体の温度分布を制御して花粉を望ましい経路に沿って動かす、
というアイデアが出てきます。
10 年ほど前から研究がなされているこの「ブラウン・モータ」の発想を
「巨視的」なシステムに適用しようという試みが、われわれの群れロボット研究です。
ロボットそれぞれが液体分子に、また花粉が動かしたい(搬送したい) 物体に対応
します。
熱の揺らぎでは(液体分子と違って重い) ロボットが動かないため、
図1 に示すように自走機構にマスタ信号(Potential Force) から指示を与えます。
このマスタ信号は、物体の経路(Observed ) が設定(Target ) どおりになるように、
フィードフォワードとフィードバック制御によってControllerで調節されます。
ロボットは互いの存在やその状態を知るためのセンサ、通信機構は持っていません。
彼らは衝突してはじめて、互いの存在に気づきます。
ロボット達は無目的に動きまわり、
また互いに衝突し反発力を受けてその進路を変え続けます。
また、ロボットからの繰り返しの衝突は物体を動かすことになります。
それを所定の動きになるよう制御することが、
個々のロボットへのマスタ信号により可能となる訳です[1, 2]。

 

このようなシステム構成を考えるのですが、
物体がロボット達からの間断ない衝突でどう動いていくか?
を予測できないとマスタ信号を作ることができません。
しかし非常に多くのロボットを想定しているので、
ロボットそれぞれの動きの予測は困難です。
そこでロボット達の運動を、気体分子のようにその密度を使って予測することをわれわれは考えました。
ロボット台数をNとしてロボットとして座標がxi の近くに、
また運動量がpi の近くにあるものの台数密度を
・・・(1)
とします。
このとき、x とp をω とまとめ表記するとして、
基礎となる時間変化の式は密度f1(ωi)に対して設定され、
・・・(2)
となります。ここでf2 はロボットi とj が同時にある場所に存在する密度であって、
がこれらの間の衝突エネルギーです

 


図2: 物体搬送トレンドの計算:連続体描像(実線) と衝突解析(破線と点線) による結果の比較

 


図3: 矩形領域内での物体搬送の衝突解析(大きな○:搬送される物体,小さな○:ロボット50 台)

 

壁で囲まれた平面領域の中心点に物体を置き、
それがロボット達によって搬送される様子を(2) を使ってシミュレーションすると、
図2の実線となりました。
ここでロボット達の衝突を詳細に計算して得られる物体の経路が破線と点線ですが、
これらと実線とは搬送初期のムダ時間を除き、よく一致しています。
図3には、その詳細な衝突解析での物体とロボットの動きを示しています。
(なお図2で連続体描像の実線が1本なのは、(x1, x2) 平面で45 度の方向に力が作用するような、マスタ信号を与えておりx1 = x2 となるためです。)
以上の計算はロボットが摩擦なしに運動する、という仮定をして得られました。
摩擦を考慮した、より現実的なモデルについても同様の連続体力学と衝突解析の良好な一致が得られています[3]。

 

このようなシステムがあれば、さまざまな物性を持つ廃棄物を、
特定のマスタ信号だけで運搬することが可能になるでしょう。
また、被災現場のような足場の悪い場所にある障害物を、
ロボット群の衝突を使って除去することも考えられます。
さらにシリンダに閉じ込めたロボット群のピストンへの衝突を制御できるなら効率のよい熱機関が作れるかも知れません。

 

2 ミクロの物理法則に学ぶ!非線形システムの量子アルゴリズムによる解析

 

ミクロ領域は、量子力学というニュートン力学を包含する法則が支配する世界です。
その内容はわれわれの研究と密接に関係します。
そこで、これをレシピの形であらかじめ説明します(R.P. ファインマン「光と物質のふしぎな理論」(岩波書店1986) も参照ください)。

 


図4: 考え得るあらゆる経路の一部(破線) と古典経路(実線)。山の高さ(バリア) も併記。

 

あなたは、目の前の山を越えた所にあるお花畑に、
ある時刻に到着したいと考えています。
図4の横軸は時間time、縦軸が場所xcord ですが、
あなたはt = 0でx = −1 を出発し、t = 1でx = 2(お花畑) に行くつもりです。
目の前の山の高さはxcord の関数として、
横軸に示しています(薄い太実線barrier)。
あなたの歩みをニュートンの運動法則に従ってシミュレートすると、
それは図4の実線(classical path 古典経路) になります。
あいにくx = −1 が谷底なので、x = 2 に到達するためには
最初の一歩を初速度で踏み出さねばならなかった,という次第です。
じっと(vI = 0) していたら未来永劫x = 2 には行けない、と誰でも思いますね。
ところがミクロの世界では、
じっとしていても労せずお花畑に行き着ける可能性があるのです!
こんな楽しい話を研究で活用しない手はない!!
さてその「嬉しい」ミクロの論理とは、次のようなものです。

 

1. 先ず、ありとあらゆる可能な経路を考える。
「努力して最初の一歩を踏み出さないと谷底からは動けない」などと思い込まないこと。
図4 には考え得るうちの11 経路を破線で描いた。

 

2. それぞれの経路の「コスト」S を計算し、パラメータHR を導入してこれで無次元化する。

 

3. 複素平面で実数軸から単位円上を角度SHR だけ進んだ点をとり、
これを終点とし原点O から出発する長さ1 のベクトルを作る。これを経路に対応させる。

 

4. 経路に対応するベクトルをすべて加え合わせ、ベクトルを作る。

 

5. ベクトル の「向き」に合う事象が、実際に起こる。

 


図5: HR = 1 に対応する経路

 


図6: HR = 2 に対応する経路

 


図7: HR = 5 に対応する経路

 

図5 にはHR = 1 での、経路(1) から(11) それぞれに対応する長さ1 のベクトルを点線で、
またその総和を実線で示しています。
この総和のベクトルはHR = 2、HR = 5 に対しては、
それぞれ図6、図7のです。
図5、図6 と図7 から分かるように、HR = 1 であれば、
は経路(2)あるいは(6) と同方向、
またHR = 2 では経路(7) と、さらにHR = 5 なら経路(8) と同方向になっています。
そこでと同方向であって実際に実現する経路のベクトルを、
それぞれの図では実線、またベクトルの矢印記号もつけ、他の経路と区別しています。
なおHR = 1 ではと同方向の経路が二つありますが、
このようなときはその「重ね合わせ」が実際に起こります。

 

レシピは以上の通りですが、この新しい物理法則は次の二つの興味深い特徴を持ちます。

 

• トンネル効果
• 重ね合わせ原理

 

これらの特徴を利用したわれわれの研究内容を、以下で説明します。

 

2.1 トンネル効果

 

パラメータHRの値により図5~7 のようにさまざまな経路が実現しますが、
これらを初速度に注目して古典経路と比較してみましょう。
経路(2) はHR = 1の経路に一部含まれていますが、
初速度は古典経路のものより大きくなっています(実線より経路(2) の破線の方が立ち上がりが急になっている)。
そこでこの経路なら山を越えてゆうゆうt = 1 でx = 2 に達します。
ところが経路(6) は古典経路の初速度より小さい(経路(6) の立ち上がりが実線よりゆるやか) 初速度であるため、
これが少々足を引っ張ることになるでしょう。
ではHR = 2の経路(7) はどうでしょうか?
この破線は横軸(時間軸time) に接していますから、初速度はゼロということです。
つまり底にあって足を一歩も踏み出していない、助走の勢いをつけていないのです。
それにもかかわらず経路(7) は、ちゃんと山を越えt = 1 でx = 2 に達しています!
さらにHR = 5 の経路(8) にいたっては、初速度が負、
つまり山を越えるつもりがその逆方向に一歩を踏み出しています。
それでもなおかつ経路(8) はちゃんと山を越えているのです。

 


図8: パラメータHR とトンネル確率(バリア幅a との相関関係)

 

これがトンネル効果です。
より具体的な非線形関数を例としてHR とトンネル効果の関係を計算したものを図8 に示します[4]。
このトンネル効果があれば、与えられた非線形関数をバリアと見なして、
その大域的な最小点を探索することが可能になります。
これには(現状では) 二通りのアプローチが有り得ますが、
それぞれをわれわれは研究しています。

 

• 非線形関数を質点に力を与えるポテンシャルと見なし、
その作用の下での経路を具体的なダイナミクスにより計算する方法[4]。
• 量子アルゴリズムでは経路の総和をとるが、その総和(積分) を具体的に計算する。
積分方法としては例えばMonte Carlo 法を使う[5]。

 

2.2 重ね合わせ原理

 


図9: 非線形制御系の最適化:量子アルゴリズム(実線) と線形近似(点線) の比較

 

量子アルゴリズムでは、可能なすべての経路のベクトルの総和をとった量が研究対象となりました。
ベクトルは線形代数でおなじみですから、
このことは、われわれは線形代数の世界にすべてを帰着させたということを意味します。
対象が非線形制御システムであっても、これをわれわれは線形理論の範囲で扱えることになったわけです。
その基礎となる方程式は、量子力学のシュレディンガー方程式に似たもので、
・・・(3)
となります。
ここでHR は先ほどからのパラメータであって、
その値が大きいほど「量子」効果が大きくなります。
またがシステムの挙動の全情報を持つ「波動」関数です。
すなわちψ は可能なあらゆる経路の総和になっています。
右辺のは線形演算子であり、経路ごとのコストを表す関数と、
経路が時間的にどう変化するか、を決める関数の和から具体形を作ることができます。
ここではトンネル効果とは逆に、図9 の計算例[6] のように、
非線形性が顕著になるようにHR → 0 の極限で計算がなされます。

 

2009年以降の文献の一部
[1] ITAMI, T: ”Continuum Mechanical Description of Group Robots,” Proc. PhysCon’2011, Leon,
Spain(2011).
[2] 伊丹哲郎:「連続体描像に基づくロボット群の集団運動の解析」,計測自動制御学会論文集,
Vol.48,No.3,pp.141/150(2012).
[3] ITAMI, T: ”Transporting Objects Only by Collision with Group Robots,” Proc. MMAR’2012,
Szczecin, Poland(2012).
[4] 伊丹哲郎: 「エネルギー散逸を許す実時間量子ダイナミクスによる大域最適化」、計測自動制御
学会システム・情報部門学術講演会2009 資料, pp.195-198(2009)
[5] 伊丹哲郎:「大域最適化における量子トンネル・パラメータ」、計測自動制御学会論文集,Vol.46,
No.6,pp.336/345(2010)
[6] ITAMI, T: ”Optimal Feedback Synthesis based on an Energy Eigenvalue Calculation using
Random-Walk Quantum Monte-Carlo Methods,” Proc. NOLCOS’2010, Bologna, Italy(2010).

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