聖徳太子と赤血球

2016年06月07日
インターネットのサイトに「聖徳太子が教科書から消える」という内容の記事がありました。 聖徳太子は、お札に何度も登場した有名な人物ですが、正式には「厩戸王」あるいは「厩戸皇子」ということは知っておられると思います。その厩戸王」ですが「憲法十七条」など、私たちが歴史の授業で習ってきた偉業を行ったという証拠が見つからないようです。「厩戸王」の没後、時の為政者が、自分達に都合がいいように、多くの偉業を成し遂げた「聖徳太子」という人物像を作り上げた可能性が高い、と言われているそうです。似たような話は、江戸末期から明治維新にかけて活躍したとされる多くの人物に関しても存在しています。もちろん私は、このような歴史については全くの門外漢なので、何が真実かを論評する立場にはありません。ですが、「正しい」と信じられてきたことが、実は根拠がなかったとか、違っていたということはよくある話です。

ところで、皆さんは、ヒトの体は何個くらいの細胞からできているか、ご存じですか。教科書を見ると、大抵「60兆個」と書いてあります。私も著者の一人である生理学の教科書があるのですが、その教科書を書いているとき、人の体を構成している細胞や分子などの章を担当している先生から、「赤血球が25兆個位あるのに、体全体の細胞の数が60兆個というのはおかしいよな。60兆個というのは、赤血球を除いた数だよな。」というような質問を受けました。私は、「そうですね~」と曖昧に答えましたが、それが頭の隅に引っかかっていました。「聖徳太子」の記事を読み終わったとき、ふとその先生の疑問を思い出しました。そこで、ヒトの体の細胞数が60兆個というのはどの程度正しいのか、また、その数に赤血球が含まれているのかということについて少し調べてみました。すると次のような論文をみつけました。

Bianconiら.  An estimation of the number of cells in the human body. Ann Hum Biol 40:463(2013)

この論文によると、ヒトの体を構成する細胞数に関して、多くの説があります。大体、10兆個を下回る数字から、1兆個の1万倍(1京)くらいまでの数字が報告されているようです。赤血球数が25兆個位というのはかなり確かですから、10兆個を下回るというのは赤血球を含めないでの数字だと思いますが、それにしても、幅が広いですね。これだと試験で、1000兆個という解答があっても「×」にできません。ちなみに、この論文では身長172 cm、体重70 kg、30才のヒトで37.2兆個と推測しています。これには、赤血球の26兆個も含まれています。他の論文を読んでないので、何とも言えませんが、この論文での主張はかなり正しいと感じました。

よくわかっておられる人も多いでしょうが、ここで紹介したようなことは、「教科書に書いてあること」「権威ある人が言っていること」を無批判に信じるのは危険である、ということを示しています。本学が関係している健康・医療・福祉の分野でも、根拠が曖昧なまま正しいと思われていることが多く存在しています。全て疑っても大変ですが、その記述・言葉に根拠はあるのか、本当にそうなのか、という問いかけをすることが重要です。そして、その根拠を調べたり、自分の頭で考えたりして下さい。そのような態度が充実した日々をもたらし、大きな発見や改善にもつながると思います。

聖徳太子の記事のおかげで、一つモヤモヤがすっきりしましたが、その過程で赤血球の機能に関する相当に非常識な学説を見つけました。また何かをきっかけに、時間をとって調べることになりそうです。楽しいですね。