教育×人 -リレー・エッセイ-

学習者に良い影響を及ぼすことが、教育である。

教授 青木 宏光

博士(薬学)、薬剤師

専門分野:物性物理化学

より多くの患者に貢献したいと考えれば考えるほど、
基礎薬学をしっかりと学び、身に付けておくことが必要。

以前の薬剤師は、調剤室に籠もり、薬を出すのが主な仕事であったが、薬学部の修業期間が6年間に延長され、薬剤師はより患者に近い位置に立つことになった。長期の学外実務実習を組込み、臨床教育を重視した結果であるが、小生が担当している物理化学のような領域、つまり、基礎薬学教育を軽視しているわけではない。臨床の現場では患者一人ひとりの病状が異なり、使われる薬剤も多岐にわたる。複数の薬剤が同時に投与されている現状を考えれば、その組合せは無限にあり、すべての組合せについて調べ、薬の安全性を確認するのは不可能に近い。例えば、ある薬剤(注射剤)と別の薬剤を混合した際、濁りが生じたとする。薬に付いている添付文書を調べれば混合しては駄目だというようなことが記載されているかもしれないが、それをそのまま他の医療スタッフに伝えるのと、物理化学や分析化学で学ぶ酸塩基平衡の概念を使って説明できるのでは、レスポンスの早さがまったく異なり、他職種から得られる信頼も大きく違う。このように、物理化学をはじめとする有機化学、生化学などの基礎薬学と呼ばれる領域を学び、それらを応用できれば、臨床現場で出会う様々な問題のほとんどを説明できるようになると思っている。つまり、より多くの患者に貢献したいと考えれば考えるほど、基礎薬学をしっかりと学び、身に付けておくことが必要であり、そのような科学的思考ができる薬剤師が社会から求められている。この基礎薬学を理解し、修得するためには、高校までの数学や化学などの知識・技能を身に付けておくことが必須である。

学習は積み上げ式。
質問に来てくれれば、時間の許す限り、個別に対応する。

小生の担当している物理化学は数学を基本としている。理論的な思考や分析能力には、数学が必須であるが、数学(計算)が苦手という学生は多い。他の学問領域もそうであろうが、数学の一番の特徴として、積み上げ式になっていることが挙げられる。例えば、九九の出来ない小学生に、割り算を教えられるか?といえば、これは無理な話で、先に九九を十分に習得させなければならない(教育学では適性を形成させるという)。そこで、数学が苦手、という学生には拙書「Liberal Arts 基礎数学」を使い、出来るところまで遡って、繰り返し問題を解くように指導している。この本は、分数の計算から始まり、グラフの描き方、濃度計算、微分・積分まで、薬学で必要となる数学や化学の計算が一冊で学べるよう構成している。

物理化学の講義では薬学共用試験、薬剤師国家試験を意識し、これらの試験で頻出の項目に重点をおいて話をしている。また、講義内容を確認する小テストを頻繁に行いながら、講義を進めている。最近では、グループで問題を解かせるような試みも行っているが、コミュニケーション能力・責任感の醸成ならびに、他者に教えることによる学習内容の深化を目的としている。

地方の私立大学はどこも同じだと思うが、学生の学力にかなりの差があるのが現状であり、画一的な講義ではついてこられない学生もいる。個別であればその学生の学力レベルに合わせて話をすることが可能となるので、研究室に質問に来てくれた際には、時間の許す限り、学力レベルに合った対応をするよう心掛けている。

実習や演習などのレポートは、非常に細かくチェックし、フィードバックするようにしている(評価を返すこと)。誤字脱字のチェックはもちろん、主語と述語の対応、グラフで言えば、プロットする点の位置までチェックし、間違っていれば修正するよう指導する。社会人になると、一つの誤りが命取りになることもあるが、学生の間は間違ってもいいと考えている。ただし、その間違いは社会に出る前に修正しなければならない。学生にはいつも孔子の言葉を紹介している。「過ちて改めざる、これを過ちという。」

教育は、良い方向への変化“幅”。
まずは学生との信頼関係を構築したい。

教育の定義にはいろいろあると思うが、小生は「学習者に良い影響を及ぼすことが教育である」と考えている。簡単に言えば、出来なかったことが、その学習を通して出来るようになる。これが学習・教育の成果である。ビリギャルの話も偏差値30の高校生が頑張って慶応に合格したから本・映画になるのであって、偏差値70の高校生が慶応に合格しても、話題にはならない。つまり、良い方向への変化“幅”で教育が評価されるべきと考えているが、これがなかなか難しく、単純に国家試験の合格率だけで評価されているのが現状である。

ただし、学習の主体は学生であり、教員はあくまでサポーターである。学生が勉強しよう、と思うための第一歩として、「あの先生の言葉は信頼できる」といった関係性を学生との間に築ければ、と思っている。この信頼関係を構築できれば、先生がこうゆう勉強をすれば国家試験に合格するといっている、信じてやってみよう、となるのではと考えている。

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