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薬学部の小林 秀丈講師、山中 浩泰教授による生命現象の根幹の一部をひも解く研究、The Journal of Biological Chemistryに掲載~京都産業大学および東京大学との共同研究にて~

2015年4月28日掲載

本学薬学部分子微生物科学教室(以下、本教室)の小林 秀丈講師と山中 浩泰教授等の“Aeromonas sobria由来セリンプロテアーゼの新規シャペロン(※)の構造基盤”と題した研究成果が2015年4月24日付でThe Journal of Biological Chemistry 290巻17号 11130-11143に掲載されました。The Journal of Biological Chemistryは、毎月、生化学分子生物学会が発行する学会誌で、科学史に残る数多くの論文が掲載されています。本論文は、同教室の他、京都産業大学総合生命科学部、東京大学大学院農学生命科学研究科等が2年越しの研究成果を取り纏めたものです。

 

※シャペロンとは、標的となるタンパク質が高次構造を構築して成熟化する過程において、その過程を正確に進行させるために働く介添えタンパク質の総称です。

 

過去の研究成果から本研究成果に至るまで

今回注目したセリンプロテアーゼ(ASP)を産生するAeromonas sobriaは、ヒトに感染して下痢症などを引き起こす病原細菌です。集団食中毒事例が報告されていないために、一般にはそれほど知られてはいませんが、厚生労働省が指定する食中毒原因菌の一種です。健康なヒトが本菌に感染を受けても、下痢症のみで数日で完治しますが、お年寄りや乳児など、免疫力が低いヒトが感染を受けると重症化する恐れがあります。

 

本教室ではまず、この菌の病原性に、ASPがいかに関わっているかを明らかにするために研究を開始し、今村隆寿先生(熊本大学大学院)のご協力を仰ぎ、その成果を報告しました。さらに、ASPの立体構造を解明することを目的に、津下英明先生(京都産業大学)との共同研究を開始し、ASPの結晶構造を初めて明らかにしました。驚いたことに、その構造はヒトの体内プロテアーゼであるFurinの構造によく類似していることも明らかになりました。Furinは、ヒトの細胞内でタンパク質のプロセシングに関わるプロテアーゼですが、その切断配列の特異性が高いことが知られています。そのため、構造が類似しているASPでもまた特異性が高いことが予想されましたので、いくつかのアミノ酸配列の異なる人工基質に対する切断活性をさらに調べました。その結果、ASPはFurinと同様の塩基性側鎖が2個並んだ箇所を切断する特性を有することを明らかにしました。ASPのこの性質は、上述した病原性とも関わっていると考えて、現在研究を進めています。
 
↑ 薬学部分子微生物科学教室での研究風景

 

新薬開発につながるタンパク質の構造と機能解析

タンパク質が所定の機能を果たすためには、生合成後に正確にフォールディング(タンパク質が特定の立体構造に折りたたまれる現象)が進行し、所定の高次構造を構築することが不可欠です。タンパク質の成熟化は生命現象の根幹をなす主要なプロセスの一つであり、その分子機構を研究することは、単に上述した生化学過程の詳細を明らかにするだけでなく、対象としたタンパク質の機能を制御することを目的とした、新薬の創製基盤を築くことにもつながります

 

本研究では、そのようなタンパク質の成熟化過程を解析するためのモデル分子としても、ASPは役立つと考えました。過去の研究により、ASPが既定の構造を構築するためには、その遺伝子の下流にコードされる別のタンパク質であるORF2が不可欠であることを、岡本敬の介先生(岡山大学大学院)との共同研究により既に明らかにしておりましたので、私達はASPの成熟化に機能するORF2をシャペロンと考え、その本体を明らかにすることを目的に今回の研究を開始しました。

 

タンパク質複合体の単離に成功

本教室では、まずASPとORF2の複合体構造を解明しようと考え、様々な条件を検討して複合体の単離を試みました。緩衝液の条件を検討し、さらにASP自身の活性を消失させた変異体をうまく組み合わせることによって、ORF2が結合したままのASPを高純度で単離・精製することに成功しました。純度の高い複合体が得られたことにより、結晶化のステップへとスムーズに移行させることができました。
 
単離した複合体の結晶化と構造解析は、京都産業大学のグループとの共同研究という形で進めました。X線結晶構造解析によって明らかにした構造を、図1の吹き出しの中に示しています。ORF2の構造はN末端ドメイン、中央ドメイン、およびC末端ドメインの3つの領域で構成されていることが判りました。特にC末端ドメインはASPの活性中心へと潜り込み、成熟化途中の過程においてプロテアーゼとしての活性が出ないように、阻害しながら成熟化を進行させているのではないかと考えられました。このような途中過程を介して、ASPはやがて成熟化し、最終的に病原因子として機能するセリンプロテアーゼとして菌体外へと放出されるわけです。
 
このような成熟化過程が、生化学的(酵素学的)にいかに進行するのかを検討することも重要ですので、本教室では京都産業大学での構造解析と並行する形で、ORF2との相互作用に伴うASPの生化学的・酵素学的性状について詳細に検討し、その成果を本論文に記載しました。
 
図1. ASPがORF2により折りたたまれ、細胞外でその機能を発揮出来るようになるまでの道のり
 
一方、ORF2は一次構造で見る限り新規な分子であることから、ORF2単体の立体構造にも注目しました。東京大学大学院の田之倉先生の研究グループは、高度な技術を活かしてNMRによるタンパク質の構造解析を進めていましたので、このグループとの共同研究でORF2単体の構造解析を進めました。その結果、ORF2単体の立体構造を初めて明らかにすることに成功しました。興味深いことに、そのN末端ドメインは、特定の高次構造をとらずにかなり流動的な状態で存在することが判明し、熱力学的な解析も加えた結果、ORF2のシャペロン機能が流動的な構造の存在に由来する可能性が示唆されました(図2)。本教室でも、独自にORF2の様々な変異体を作成して、生化学的な解析を行った結果、東京大学大学院との共同研究で得た成果を支持する結果が得られました。
 
図2. NMRにより明らかにしたORF2単独の立体構造(中央ドメインは複合体の構造と一致しますが、N末端およびC末端領域は流動的な構造をとっています。)
 
さらに、ORF2タンパク質に関して系統学的な解析も試みた結果、ORF2のような細菌性セリンプロテアーゼに対する外部シャペロンは他のグラム陰性桿菌でもいくつか知られていますが、それらが新たなタンパク質ファミリーを形成している可能性が示唆されました(図3)。このような観点から、ORF2のようなタンパク質は、遺伝学的にも興味を引くタンパク質であると考えられます。
 
今後は、種々の変異体を作成してORF2とASPが複合体を形成した直後からASPが成熟化に至るまでの分子機構を探り、これらの分子基盤からセリンプロテアーゼ阻害剤の開発へ結び付けることができないか、検討を進める予定です。
 
なお、本研究成果は文部科学省科学研究費新学術領域研究(研究領域提案型)細胞シグナリング複合体によるシグナル検知・伝達・応答の構造的基盤 「複合体構造解析による細菌毒素の標的タンパク質認識機構の解明」(25121733)、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業 「タンパク質の生成と管理」および広島国際大学特別研究助成「細菌性プロテアーゼのフォールディングにおけるシャペロンタンパク質の役割」の支援を受けています。

 

図3. サチライシンに似たセリンプロテアーゼの系統樹

 

【掲載論文名】

“Structural basis for action of the external chaperone for a propeptide-deficient serine protease from Aeromonas sobria

 

【著者】

小林 秀丈(広島国際大学薬学部),吉田 徹(京都産業大学総合生命科学部),宮川 拓也(東京大学大学院農学生命科学研究科),田代 充(明星大学工学部),岡本 敬の介(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科),山中浩泰(広島国際大学薬学部),田之倉 優(東京大学大学院農学生命科学研究科),津下 英明**(京都産業大学総合生命科学部)

(* 同等貢献著者,** 責任著者)

 

↑ 薬学部の小林 秀丈講師(左)と山中 浩泰教授(右)